2026.09.15
< 麗老─N先生讃歌─ >
相田みつを
この間、久しぶりに
N先生にお目にかかり
K市のレストランで
ぜいたくな昼食をご馳走になった
N先生は全国でも高名な女医さん
一週間ばかり体調が悪いとかで
大きなマスクをされていて
いつものはつらつたる
元気はなかったが
話す中味は
相変わらず若くて新鮮だった
感動が湧くと夜中でも起きて
ペンを走らせるとのこと
食事を終えてレストランを出る時
N先生よりわたしは数歩後になった
だからわたしはN先生のうしろ姿を
見る形になった
そして、思わず「うん!!」と唸った
立派!!立派!!なんとも立派!!
N先生のうしろ姿の立派なこと
背筋がピンとのびて
リンリンたるうしろ姿
人間のうしろ姿はごまかせない
うしろ姿は無意識だから
その人の人間の全部が出てしまう
N先生のうしろ姿の気高いこと
N先生のうしろ姿を見ているうちに
わたしの心の中に
麗老!! ということばが浮んだ
麗老――
字引にはないだろう、なくてもいい
自然に出てきたことばだから
戸籍上のお年はもう七十を
過ぎているかと思うが
N先生のうしろ姿には
少しも老いを感じない
はつらつとして充実したうしろ姿
これこそ麗老だ
年をとるなら
N先生のようでありたい
秋の渓谷を彩る
絢爛たる紅葉のように
夕焼空を背景に
白銀にかがやく薄のように
枯れてなお美しくありたい
そして、いつでもどこでも
感動を忘れぬ人間でありたい
麗老!!麗老!!
麗老のN先生のように――。
今回ご紹介するのは、
「麗老─N先生讃歌─」。
この作品には、相田みつをが尊敬する一人の女性医師との再会が描かれています。
久しぶりに会ったN先生は、体調が万全ではなかったそうです。
それでもみつをは、先生の話の中にある若々しい感性や、感動したら夜中でも起きて筆を取るという姿勢に強く心を動かされます。
そして何より、レストランを出たときに見た先生の「うしろ姿」に感銘を受けました。
「人間のうしろ姿はごまかせない」
作品の中のこの言葉が印象的です。
表情や言葉は意識して取り繕うことができても、ふとした立ち居振る舞いや背中には、その人が積み重ねてきた生き方が自然と現れるのかもしれません。
背筋が伸び、凛としたN先生のうしろ姿を見たとき、みつをの心に浮かんだのが「麗老」という言葉でした。
辞書に載っている言葉ではありません。
けれど、この作品を読むと、その意味は不思議と伝わってきます。
年齢を重ねることは、決して若さを失うことではない。
感動する心を持ち続けること。
学ぶ姿勢を忘れないこと。
誰かのために力を尽くすこと。
そうした日々の積み重ねが、人を内側から美しくしていくのでしょう。
みつをは最後に、
「年をとるなら N先生のようでありたい」
と記しています。
多くの人が長寿を願う時代ですが、本当に大切なのは何歳まで生きるかだけではなく、どのように年を重ねていくかということなのかもしれません。
忙しい毎日の中では、自分の年齢や衰えばかりに目が向いてしまうことがあります。
けれど、この作品に描かれたN先生のように、いつでもどこでも感動する心を忘れずにいたなら、その人の人生はきっと年齢以上に輝いて見えるのでしょう。
「麗老」。
その美しい言葉を胸に、今日の自分の生き方を少しだけ見つめ直してみませんか?
相田みつを美術館 作品広報室
よろしければinstagram上の、「いいね」・「しおり」で作品を心に留めていただけましたら幸いです。
※(下のinstagramへのリンクボタンからぜひご覧ください)
次回は、2026年10月1日頃にまた違う作品のコラムとリール動画の公開を予定しております。